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不幸な人生を生きるのは自分勝手です
■苦行は辞めなさい
苦行は誰のため?
バス男「今日も平和で良い日だなぁ。こんな日は1日中、のんびりと昼寝でもしていたいなぁ。」
バス子「ちょっとバス男さん?堕落しすぎよ!私達はもっと、苦労して頑張らないといけないのよ。」
バス男「バス子ちゃ〜ん。仙人様の【苦行は辞めなさい】の話、聞いていないの?」
バス子「え?・・仙人の【幸せのおすそ分け】の話?」
男「うん。仙人様がこの前、話をしてたんだけど・・・」
〜追記〜
最新版の話は、以下の動画「【苦しい時ほど】苦しむ意味は、ない。誰も本当のことを言わない理由」で。
〜苦しい/楽しくない人生を生きるのは自己中?〜
1.苦行は辞めなさい
@‘幸せ’は広がる
あの日、私は近所の’汚なマズいラーメン屋‘でラーメンを食べながら、知人の話について考えていました。
※’汚なマズい店‘→汚いうえに、味もマズい店。ただし客は少ない。
ラーメンを食べながら、知人の話について考えていたのですが、店で流れていた歌によって、「ぅん?」と我に返りました。
♪♪♪、♪♪♪〜
「ほ〜。確かに、自分が笑顔になると、自分から幸せは広がっていくよなぁ」
音楽には疎いため、誰の曲なのかはわかりませんでしたが、この痛いほどリアルな4次元世界の現実を現している歌詞に感銘を受けました。
※ Ai(アイ)さんのHappiness (ハピネス)という曲のようです。
ユーチューブにて【アイ ハピネス】で検索。
私達1人1人が笑顔になれば、この世界中に、‘幸せ’は広がっていくようです。
それは、物理的な意味だけではありません。
【絡み合いの法則】による効果や、【想念の送受信】による効果もあるようです。
A‘幸せ’と【絡み合いの法則】【想念の送受信】
私達、1人1人が笑顔になれば、この世界中に、‘幸せ’は広がっていくようです。
それは、以下の3つの理由からです。
@5感による反応
A絡み合いの法則
B想念の送受信
まず@5感による反応です。
私達は、5感(目・耳・鼻・皮膚・舌)からの情報によって、様々な反応を起こしています。
イライラした人の顔を見たり、怒鳴り声を聞いたりすると、ネガティブな感情が湧き上がります。
一方、笑顔を見たり、楽しそうな笑い声を聞いたりすると、ポジティブな感情が湧き上がるものです。
そのため、誰か1人が‘笑顔/幸せ’になれば、その‘笑顔/幸せ’な人を見て、周りの人達も幸せになっていきます。
幸せ人生仙術にあるとおり、私達は自分が幸せになってしまえば、嫌でも無意識のうちに、周りの人達に対して‘笑顔/幸せ/やさしさ/思いやり’を振りまいて生きていくことになります。
仮に、自分が‘笑顔/幸せ’になることで、自分の‘笑顔/幸せ’に触れ、周りの5人も幸せになったとします。
すると5人の人が少し幸せな気分や笑顔になりました。
少し幸せな気分になった5人の人は、幸せになりましたので、それぞれ、自分の周りの人、5人に対して、暖かく好意的な態度や笑顔で接しました。
すると、5人の人達が、それぞれ5人の人達に‘笑顔/幸せ’を振りまくことにより、25人の人が少し幸せな気分になりました。
少し幸せな気分になった25人の人は、幸せになりましたので、それぞれ、自分の周りの人、5人に対して、暖かく好意的な態度や笑顔で接しました。
すると25人×5人ですので、125人の人が少し幸せな気分になりました。
少し幸せな気分になった125人の人は、幸せになりましたので、それぞれ、自分の周りの人、5人に対して、暖かく好意的な態度や笑顔で接しました。
すると125人×5人ですので、625人の人が少し幸せな気分になりました。
少し幸せな気分になった625人の人は、幸せになりましたので、それぞれ、自分の周りの人、5人に対して、暖かく好意的な態度や笑顔で接しました。
すると625人×5人ですので、3125人が少し幸せな気分になりました。
少し幸せな気分になった3125人の人は、幸せになりましたので、それぞれ、自分の周りの人、5人に対して、暖かく好意的な態度や笑顔で接しました。
すると3125人×5人ですので、15625人の人が幸せな気分になりました。
自分が‘笑顔/幸せ’でいれば、自分発で少しづつ‘笑顔/幸せ’は周りに広がっていき、その‘笑顔/幸せ’の波紋はすぐに1万人を越え、そしてそのうち、国境を越え、全世界に広がっていくのです。
人間社会は、人間同士の関わり合いで形成されているからです。
君が笑えば、人伝いで世界中に‘笑顔/幸せ’の波紋が広がっていくのです。
次にA絡み合いの法則による理由です。
「もともと同じ1つのものは、互いに影響し合う」ことの証拠を示す実験があります。
それは、アメリカで行われた実験なのですが・・・・実験協力者の口の中から白血球を採取して、試験管の中に入れます。
そして、その試験管の中に嘘発見器の電極を差し込み、別室に置きます。
その状態で実験協力者にTV番組を見てみらい、試験管の中の白血球の様子を調べたのです。
すると暴力シーンや殺し合いのシーンがでてくると、試験管の中の白血球は激しく反応したそうです。 さらに、試験管を実験協力者から80km離れたところにもっていっても、白血球は同じように暴力シーンに激しく反応したそうです。
※参考文献→ポジティブ思考では、なぜ成功できないのか?
別室に置かれた白血球と、TVを見た実験協力者の人間は、もともとは同じ1つの存在です。
「もともと同じ1つのものは、互いに影響し合う」・・同種のものは繋がっており【絡み合いの法則】によりお互いに反応し合っているわけです。
そしてエネルギー問題の解決策にあるとおり、そもそも、私達の目の前に広がる痛いほどリアルな4次元世界の現実自体が、同じ1つの{超微細な光エネルギー}の現れであり・・
貴方も、その他の人々も、動植物も、机も椅子も、川も山も、月や星も、UFOも幽霊も、あの世もこの世も・・すべてが、同じ1つの{超微細な光エネルギー}の現れなのです。
私達も植物も、川も山も、月や星も、同じ1つの{超微細な光エネルギー}の、部分・部分なのです。
そして「もともと同じ1つのものは、互いに影響し合う」・・同種のものは繋がっており、【絡み合いの法則】によりお互いに反応し合います。
人類70億人も、大自然も、全てはもともと同じ1つ{超微細な光エネルギー}の現れですので、私達は皆、互いに【絡み合いの法則】により、お互いに反応し合っているのです。
物理的な距離は関係ありません。
「試験管を実験協力者から80km離れたところにもっていっても、白血球は同じように暴力シーンに激しく反応した」という実験結果から、物理的な距離は関係ないことがわかります。
たとえ物理的には離れていても・・
君が笑えば、【絡み合いの法則】により、物理的な距離を瞬時に越えて、世界中の人に‘笑顔/幸せ’の反応が広がっていくのです。
それは、自覚できる表面意識の範囲ではなく、普段は自覚出来ない潜在意識レベルで起きていくポジティブな反応です。
私達1人1人が‘笑顔/幸せ’になれば、物理的な距離を瞬時に越えて、世界中の人に、世界中の動植物や大自然に、はたま宇宙にまでも・・【絡み合いの法則】により、‘笑顔/幸せ’のポジティブな反応が広がっていくのです。
最後にB想念の送受信です。
地震前に目が覚める理由にあるとおり、私達の心は送受信可能なラジオのようなものであり、私達が、なにかしらを想ったりした際は、ある一定の周波数を{念/想い}として発しているようです。
その周波数である{想念/想い}というのは、目に見えるものではありませんし、波長を合わせなければ受信することも出来ないため、現時点での科学では「そんな事実はない!」
と否定しているようです。
・想念とは?想念の力の使い方!私の事例(想念まとめ)
しかし、イライラしている人を見ていると、こっちまでイライラしてきますよね。
それは、イライラしている人に関心を向けることで、イライラしている人が発しているネガティブな{念/想い}に波長が合い同調してしまい、ネガティブな{念/想い}を受信してしまうからのようです。
一方で、‘幸せ’な状態でいることにより、幸せな{念/想い}を発すれば、その幸せな{念/想い}は世界中に、そして宇宙にまで広がっていき・・
幸せな{念/想い}に波長が合い同調した世界中の人達に、幸せな{念/想い}をおっそわけしていくことになります。
君が笑えば、世界中に‘笑顔/幸せ’の{念/想い}が広がっていき・・波長が合い同調した世界中の人達に、幸せな{念/想い}をおっそわけしていくことになるのです。
B‘幸せ’と苦行 〜苦行は辞めなさい〜
私は、
「苦労した分だけ、立派な人間にれるから苦労もした方が良いんだ。」
「苦労して自己成長して、自分が立派な人間になりたいから・・」
「楽しいだけじゃ駄目だ。苦労もして自分の自己成長も・・」
「楽しいだけだと自分が周りから煙たがれるから、苦労も・・」
と、自分は自分は自分は自分はと、自分のことだけを考え、自分のメリットのことだけ考える気持ちが、自分でも普段意識出来ない心の深い部分にあったせいで、苦労の多い苦行的な人生を、知らず知らずのうちに歩んでいました。
そんな私は「私は苦労してるんだ!頑張ってるんだ!偉いんだ!」と思っていました。
「幸せで楽しい人生を歩んでいる苦労知らずの人は、駄目な人達だ。苦労をしなければ人間的な成長がないじゃないか!」と思っていました。
・私の人生観が【人生とは苦労して成長するもの】から【人生とは楽しむもの】に変わったキッカケの話
そんな当時は、苦労の多い苦行的な人生のせいで、ストレスが溜まり、イライラすることの多い毎日を生きていました。
そのため、イライラ顔で接したり、イライラをぶつけたり、愚痴を言ったり、悪口や批判を言ったり、嫌がらせをしたり・・私は周りの人に数々の迷惑をかけてきました。
私は自分のことばかり考えていたせいで、無意識のうちに苦行的な人生を生きており・・そのせいで周りの人達は@5感による反応により、苦労している私を見て、ネガティブな気持ちになっているようでした。
そして、私発のネガティブは、周りの人達経由でどんどん広がっていき・・
私と直接繋がりのない人にまで、私は知らないうちに迷惑をかけていたのでした。
私が苦しめば、世界中に‘苦しみ/ネガティブ’の波紋が広がっていくようでした。
そして私が笑えば、世界中に‘笑顔/幸せ’の波紋が広がっていくのです。
また、「直接、暴言を吐いたりするわけではないから、別にイライラしようと、私の勝手でしょ?」「私が苦しもうが、貴方には関係ないでしょうが!?」と、直接的に他人に迷惑をかけないのであれば、悲しもうが苦労しようが、関係ない!と思っていました。「私の勝手だろ?」と思っていました。
しかし、A絡み合いの法則により、
私が苦しめば、【絡み合いの法則】により、物理的な距離を瞬時に越えて、世界中の人に‘苦しみ/ネガティブ’の反応が広がっていくようでした。
そして私が笑えば、【絡み合いの法則】により、物理的な距離を瞬時に越えて、世界中の人に‘笑顔/幸せ’の反応が広がっていくのです。
また、B想念の送受信によって、
私が苦しめば、世界中に‘苦しみ/ネガティブ’の{念/想い}が広がっていき・・波長が合い同調した世界中の人達に、‘苦しみ/ネガティブ’の{念/想い}を撒き散らしていくことになるようでした。
そして、私が笑えば、世界中に‘笑顔/幸せ’の{念/想い}が広がっていき・・波長が合い同調した世界中の人達に、幸せな{念/想い}をおっそわけしていくことになるのです。
苦行は、いったい、誰のために行う修行なのでしょうか?
世界の皆の‘幸せ’のために行う立派な修行が、苦行なのでしょうか?
それとも、苦行は自分は自分は自分は自分はと狭い自我に捉われ、自分のメリットのことばかりを考える、他人様に迷惑をかける自己都合の修行なのでしょうか?
苦労多き、苦しみ多い人生を生きることが、立派な人なのでしょうか?
それとも、自己都合で苦労多き苦しみ多い苦行的な人生を生きることは、イライラやネガティブを周りの人や世界中の人に振りまく、他人にとっては迷惑な「生き方」なのでしょうか?
苦行は、いったい、誰のために行う修行なのでしょうか?
周りの‘幸せ’のためでしょうか?自分のためだけでしょうか?
私達が、周りの人や世界中の人に貢献できる「生き方」は、苦労の多い苦行的な「生き方」でしょうか?
それとも、幸せで楽しい「生き方」でしょうか?
どっちが自分のことばかり考えている人なのでしょうか?
苦行的な苦しみ多い人生を歩む人と・・
幸せで楽しい「生き方」をする人・・。
もしも、幸せで楽しい「生き方」をしたいのであれば、苦行は辞めなさい!ということなのかもしれません。
どういった「生き方」をすべきか?は、人それぞれが、己の自由意志によって決めることです。
及び、人それぞれの「生き方」には優劣はないと思うのです。
ただ、もしも、幸せで楽しい「生き方」をしたいのであれば、「もう、苦行は辞めなさい」ということなのかもしれません。
当人様が無意識のうちに歩もうとされている苦行的人生を、魅力溢れる苦行的人生を断腸の思いで諦め・・幸せな「生き方」を始め、笑顔になれば・・
・・君が笑えば、世界中に‘笑顔/幸せ’の波紋が広がっていくことでしょう。
君が笑えば、この世界中に、もっともっと幸せが広がっていくことになるでしょう。
仙人「幸せになることで「幸せのおすそ分け」をする修行をする時期に、お主も入ったようじゃのぉ」
私は、苦しい人生を生きていたせいで、親や友人、職場の同僚・・自分と関わってくれた多くの方に、イライラ顔で接したり、イライラをぶつけたり、愚痴を言ったり、悪口や批判を言ったり、嫌がらせをしたり・・数々の迷惑をかけてきました。
及び、苦行を続けている間、大量のネガティブな‘想い’(邪心、嫉妬心、恨みの念、憎しみの念、苦しみの念)を発していました。
そして私は、運も悪い人生でした。
その理由は、陰徳を積む人の人生にあるとおり、誰が見ていようが見ていまいが、誰が知っていようが、知っていまいが・・物理的なことすらも越えた部分の真実に、私達の現実を支配している法則である与えよの意味/愛の法則や因果応報の法則など目には見えない法則は働いているからのようでした。
苦しみのせいでストレスを溜めイライラしながら生きることにより、直接的ではないにしろ他人様にネガティブを与え、他人様に迷惑をかけて生きていけば、それ相応の報いを、目には見えない法則の作用によって受けることになり、運も悪くなる・・そのことを、人生経験から知りました。
そして転生仙術により「生き方」を変え・・苦行を諦め、幸せな「生き方」を始め、笑顔を増やすようにすると、運も良くなっていきました。
‘幸せ’に生きることにより、直接的ではないにしろ他人様にポジティブをおっそわけし、他人様に些細な幸せ/笑顔をおっそわけしながら生きていけば、それ相応の報いを、目には見えない法則の作用によって受けることになり、運も良くなる・・そのことも、ありがたいことに人生経験から学ばせて頂けました。
・観念を書き換える方法【生きながらにして生まれ変わる転生仙術】
C幸せと罪悪感 〜苦行は辞めなさい〜
私達は宗教的な教えの影響を知らず知らずのうちに受けており、そのせいで苦行的な人生を、自らの表面意思に反して歩んでいる場合もあるのかもしれません。
宗教は、欲深いことを禁じ、苦労することを肯定する場合もあるようです。
欲は、悪いことではないのかもしれません。
仙人道や仙人/仙女修行では、バランスのとれた状態を重視します。
過度に欲深いため己の欲をコントロール出来ない状況や、自然の摂理に反して過度に無理して禁欲をすることにより、歪みが出る状況は問題なのかもしれませんが、欲自体は悪いことではないと思うのです。
関連→人間の五欲/三大欲コントロール方法
及び、仙人道や仙人/仙女修行では、苦労することを肯定はしません。
苦行は、いったい、誰のために行う修行なのでしょうか?
周りの‘幸せ’のためでしょうか?自分のためだけでしょうか?
私達が、周りの人や世界中の人に貢献できる「生き方」は、苦しみの多い苦行的な「生き方」でしょうか?
それとも、幸せの多い、幸せで楽しい「生き方」でしょうか?
当人様に{自覚ある・ない}は別として・・苦労多き人生を歩んでおられる多くの人が、「人間は、本当に幸せになって良い生き物なの?」「私は、本当に’幸せ‘になって良いの?」という、{幸せになることに対する罪悪感}の影響で、幸せな「生き方」に対して心の深い部分でブレーキがかかり、そのせいで、幸せな「生き方」を望んでいるのに幸せになれずにいるようです。
現存する宗教の開祖は、私達に「苦労せよ!苦しめ!」「苦労して苦労して、辛く苦しい人生を歩め!」と、教えたかったのでしょうか?
現存する宗教の開祖の、{本当の教え}や{本当の意図}は、何千年も経っている現在に、ちゃんと正確に伝わっているのでしょうか?
イエス・キリストの言葉に、
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。アブラハムが生まれる前から、わたしはいるのです。」
「わたしと父とは一つです。」
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」
などがありますが、イエス・キリストは、‘わたし’という時に、1個人の‘私’のことを言っていたのでしょうか?
イエス・キリストは、「私だけが神で、私だけがすごくて偉い存在なんだ。へへんっ♪」と、自慢したかったのでしょうか?
私達が普段、‘わたし’という時には、1個人の自分のことだけを指しますが・・自分は自分は自分は自分はという、自我意識を完全に超越されていた偉大なるイエス・キリストは・・‘わたし’という言葉を使う際、それはイエスご本人の1個人のことを指しているのでしょうか?
自我意識を完全に超越されていた偉大なるイエス・キリストには、我々のような個我の意識はなかったため、イエスが‘わたし’という場合は、我々の言う‘私達(人間)’や私達の本質である‘超微細な光エネルギー‘のことを指していたのかもしれません。
それが、{本当の教え}や{本当の意図}なのかもしれません。
エネルギー問題の解決策にあるとおり、私達、すべての人間/人類が、同じ1つの【サムシンググレート(別名`神'or超微細な光エネルギー)
】の現れであり、部分・部分なのかもしれません。
ですから、皆がみな、神の部分・部分であり・・すべての人間が神ご自身の現れの1部分なのです。
・自分を好きになる方法【自分は価値がない?】人は猿?神が作った?神そのもの?
そのため{本当の教え}や{本当の意図}は、
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。アブラハムが生まれる前から、私達人間or超微細な光エネルギーはいるのです。」
「私達すべての人間or超微細な光エネルギーと父とは一つです。」
※父とは神のこと。
「私達すべての人間or超微細な光エネルギーが道であり、真理であり、いのちなのです。」
ということだったのかもしれません。
すべてが同じ1つ・・現象のすべてが、(神の)超微細な光エネルギーの現れだからです。
・「この世が仮想現実の理由」VRで現実の価値低下【今後起きる変化】や「死後の世界」も全部話すよ
私は記事書きを中心とした仙人/仙女修行を、毎日淡々と送っています。
断食修行を行ったりもしています。
はたから見ると、苦行をしているように見えます。
しかし断食をしてみるのも大人の趣味の一環ですし、そもそも仙人/仙女修行自体が、半分趣味のようなものであるため、まったくもって、苦しみもストレスも感じておらず、むしろ、幸福感を感じながら、日々に感謝しつつ毎日を送らせて頂いております。
ありがとうございます。
仏教を開いた釈迦(仏陀)は、断食などの苦行を行っていたそうです。
しかしお釈迦様は、そもそも王子として裕福な生活を送っていた人間であり、自らの意思で出家し、自らの意思で苦行を行ったそうです。
食べようと思えば、実家に帰りさえすれば、お腹一杯食べることも出来たわけです。
そんなお釈迦様は、「はぁ〜。最悪。本当、人生は良いことないよな。早く断食修行終わらないかなぁ?勘弁して欲しいよ・・。」なんて苦行にストレスを感じながら、イライラしながら苦行を行っていたのでしょうか?
周りから見れば苦行であり、さぞかし苦しみに耐えておられるように見えたのでしょうが、お釈迦様ご本人は、ストレスやイライラを感じていたのでしょうか?
お釈迦様は、「苦労せよ!苦しめ!」「苦労して苦労して、辛く苦しい人生を歩め!」と、教えたかったのでしょうか?
それとも、{本当の教え}や{本当の意図}は、「思春期以降、発生する己の欲(性欲・名誉欲・承認欲求等)をコントロール出来ない方が、逆に人生が苦しくなるのですよ。」ということだったのでしょうか?
関連→承認欲求を諦めなさい
私は子供の頃、純粋な欲しかもっておらず、毎日が楽しい日々でした。
それが思春期以降、様々な欲が発生し始め、その様々な欲は、自分自身でコントロール出来ないと、「もっと!もっと!」ときりがなく、いつまで経っても満足を知らず・・そのきりがない欲望のせいで、逆に人生が苦しくなっていました。
{良い・悪い}は別として、組織を作り始めた、たった1人の人格者/賢者であるカリスマがいなくなると、組織は簡単に腐敗していくこともあるようです。
現存する宗教の開祖は、私達に「苦労せよ!苦しめ!」「苦労して苦労して、辛く苦しい人生を歩め!」と、教えたかったのでしょうか?
現存する宗教の開祖の、{本当の教え}や{本当の意図}は、何千年も経っている現在に、ちゃんと正確に伝わっているのでしょうか?
それとも、何千年の歳月の中で、時の権力者によって大衆をコントロールするのに都合の良いよう、‘教え’が捻じ曲げられてしまった部分があるのでしょうか?
私達は、‘幸せ‘な状態が、自然な状態なのでしょうか?
それとも、‘不幸せ’な状態が、自然な状態なのでしょうか?
人間は、苦労するために生まれてきたのでしょうか?
もし、そうだとすれば、それは誰が言い始めたことでしょうか?
そして、誰が言い始めたとしても・・その‘教え’に、従わなければならない必然性はあるのでしょうか?
私達は皆がみな、神の部分・部分なのに、‘誰か’が相対的に偉くて、その‘誰か’の教えに関しては、鵜呑み的に信じなければならない・・なんてことがあるのでしょうか?
2つの考え方、「人間は苦労すべき!」という考え方と・・「人間は幸せな人生を歩むべき!」という考え方、どっちが正しいのでしょうか?
それは、当人様が決めるべきことなのかもしれません。
この問題は、自分を大切にする方法にあるとおり、「‘他人の意見’ と ‘自分の意見’、どっちが大事なんだ?」という問題です。
「え〜、そんなこと言われても・・」
じゃあ貴方様は、誰か立場の偉い人や社会の風潮が、「戦争すべきだ!」と言い始めたら、その他人の意見や、世の中の風潮に従うのでしょうか?
自分自身が、「今後はもう、私は幸せな人生を歩むんだ!」と決意したならば、その決意を‘他人の意見’ によって曲げてはいけないのかもしれません。
たとえ自分以外の70億人の人たちが、「人間は苦労すべきだ!お前も人生をとことん苦しめ!」と言ってきても、相手方を否定することなく・・
「残り数十年の余生・・
批判してくる批判先生のお相手をすることもなく・・ →わがまま自分勝手
誰にも、なにも言い訳をすることもなく・・
誰かに認められたいからでもなく・・ →承認欲求を諦めなさい
残り数十年の余生、自分が「良かれ!」と思う生き方/生き様をし、幸せに生きていくだけ。」
と、覚悟を決め、幸せに生きていくだけです。
【絡み合いの法則】は、「もともと同じ1つのものは、互いに影響し合う」という法則です。
そしてエネルギー問題の解決策にあるとおり、そもそも、私達の目の前に広がる痛いほどリアルな4次元世界の現実自体が、同じ1つの{超微細な光エネルギー}の現れなため・・人間も大自然も、元を辿れば同じ1つ{超微細な光エネルギー}であり・・人間と大自然は、お互いに影響し合っています。
ですから私達は、気候や天気が良いと、気分が良くなりますし、逆もまたしかりです。
そして、私達の‘思い/想念’がネガティブなものですと、大自然だって影響します。
「もともと同じ1つのものは、互いに影響し合う」という【絡み合いの法則】があるからです。
私達人間は自由意志をもっている唯一の生物であり、だからこそ唯一、私達人間だけが、自然の摂理に反してネガティブな‘思い/想念’をもち、発することも出来ます。
そんな我々人間の‘思い/想念’が、ネガティブなものに偏りすぎているせいで、大自然に影響が出、激しい気候変動や自然災害が増えているのかもしれません。
こんな時代において・・私達に必要なことは、さらなる苦しみや苦行でしょうか?
地球のためになるのは、苦行によるさらなる苦しみの‘思い/想念’でしょうか?
もしくは、幸せな「生き方」でしょうか?
‘幸せ’で‘ハッピー‘な‘思い/想念’でしょうか?ヽ(‘ ∇‘ )ノ ワーイ
人間の自己都合で、自然に反して苦しむ「生き方」・・苦労や苦しみを続け、地球や地球上に生きる他の動植物に迷惑をかけ続け、良いのでしょうか?
Dまとめ 〜苦行は辞めなさい〜
長い記事になってしまいましたが、幸せな「生き方」をしていく障害の1つは、自身の能力などではなく{幸せになることに対する罪悪感}のようですから・・
現在の自分には不必要な思い込みである{幸せになることに対する罪悪感}を、転生仙術等によりアンインストールしていけると良いですよね。
・観念を書き換える方法【生きながらにして生まれ変わる転生仙術】
苦しみを必要に感じたり、苦労が好きならば苦行的な生き方をすれば良いですし・・楽しい幸せな「生き方」をしていきたければ、苦行的な人生を諦め、楽しい人生を歩んでいけると良いですよね。
目標達成の仕方・方法にあるとおり、物事が現実化される仕組みというのは、潜在意識レベルで、実現可能と思えていることは現実化され、実現不可能と思っていることは現実化されないという仕組みになっているようです。
ですから当人様が、当人すらも自覚していない潜在意識レベルで、「人生とは理不尽なことや、苦労の多いものだ。」と思い込んでいれば、実際に理不尽や苦労の多き人生となることでしょう。
及び、当人様が、当人すらも自覚していない潜在意識レベルで、「人生とは、そもそも’幸せ‘を感じながら生きるものだ。」と思い込んでいれば、実際に幸せ多き人生となることでしょう。
今まで何十年と苦労多き人生を歩んできている場合、心の傾向や心のあり方、潜在意識が、苦労や苦しみを引き寄せてしまう状態になっている場合もあるため、そのような場合に関しては、時間をかけて変えていくのも良いかもしれません。
・・・・・
汚なマズいラーメン屋で流れていた歌を聞きながら、‘幸せ’と‘苦行’について考えていた私は、ラーメンを食べ終わりレジに向かいました。
会計の際に、少し笑顔になって代金を支払いながら、「ご馳走様でした〜。」なんて言ってみました。
すると汚なマズいラーメン屋のオヤジが、少し微笑みながら「ありがとうございました〜!またお願いしま〜す!」と言ってきました。
店の外に出ると、爽やかで優しい風が吹いていました。
目をつぶり爽やかな風を「すぅ〜」っと吸い込むと、ラーメン屋で流れていた歌が聞こえてくるのでした。
〜〜♪♪♪、♪♪♪〜〜
私達1人1人が笑顔になれば、この世界中に、‘幸せ’は広がっていく♪
・【人生観2種類】頑張るvs楽しむ【苦しみに耐える人生】が嫌になった人へ「人生観の変え方」
・私の人生観が【人生とは苦労して成長するもの】から【人生とは楽しむもの】に変わったキッカケの話
★合わせて見たい★
・【苦しみに耐える修行】vs【幸せに耐える修行】どっちが簡単?難しい?私の経験談
・【辛くても頑張る】vs【楽しいから頑張る】私の人生が180度変わった方法の話
動画【「苦しまなくていい」と自分を許す話】も、おすすめです。
また、「自己成長の勘違い」洗脳を解く話は、以下で。
・ダメな自分を受け入れる方法【自己肯定感の高め方】観念スピリチュアル編
<writer 名無き仙人>
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バス男「ふむ。では僕は今後も、1日中昼寝をしつつ・・」
バス子「幸せでいることが、周りの人や世界全体に対しての貢献にもなるのね。」
仙人「楽しみながら、少しづつ‘幸せ’を自然な状態にしていけると良いのぉ。」
関連→【風の時代の仕事/生き方】置かれた場所で、咲かなくていい「我慢するな」
→人生は夢(人生の正体)
→幸せが訪れるありがとうの言葉(幸せの好循環の秘訣は感謝)
→幸せの定義/基準(宇宙の意図)
→生きるのがつらい理由(大人になるとは?)
→幸せ人生仙術
→幸せになれる本(人生と{人格・人間性}の関係)
→心を鍛える修行(パチンコ屋にて)
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