他人の目が気になる   



周りの目を気にしない方法

■「他人の目を気にしてしまう」「人からどう思われているかを気にしてしまう」「世間体が気になってしまう」周りの目。

他人からの評価が恐く気になる人へ
他人の目や世間体を気にしてしまう/解決方法。



バス子「はぁ〜。仕事が嫌で辞めたいけど、仕事辞めたら同僚や友達や知り合いや家族から、なんて思われるかが恐くて辞めることが出来ないわぁ。・・って、バス男さん!あなたなにをもってるのよ!?」


バス男「お、バス子ちゃん。・・コレかい?これは辞表だよ。僕もう、今の仕事辞めるんだ。」


バス子「ちょ、ちょっとぉ。せっかく職安通って、やっと決まった仕事でしょ?そんな簡単に仕事を辞めて、駄目ダメな人生をおくって、人の目が気にならないの?」


バス男「ははは。僕は仙人様から【他人の目が気になる人へ】の話を聞いたことがあるからね。だから僕は人の目が気にならないんだ。」


バス子「仙人が・・。へ〜。その話、どんな話だったの?」


「え〜っとね、仙人様が言うには・・・・」







〜他人からどう思われるかを気にしてしまう〜

1.他人と自分
@日本という国

■「他人の目が気になるっ!」という人も、多いですよね。

私も「他人からどう思われているか?」「周りからどう思われるか?」ということを非常に気にして生きてきました。
良い人を諦めなさい(婆様の教え)のとおり、祖母の教えによる影響もあったのかもしれません。


私は仕事を決めるときも、「世間体の評判の良い職に就かないと、周りから悪く思われるかも・・」と他人の目を気にしていました。そのため、自分の本当にしたい仕事ではなく、世間の評判の良い仕事に就こうとしていました。
就活・転職のコツ


また、私は「他人から良い人と思われていたい。」「周りからすごい人と思われたい。」と、他人や周りからの評価をとても気にしていました。


私はあらゆる面で、常にずっと他人からの目や評価を気にしながら生きていたのです。
ですから、私は人生そのものを他人の目で縛られて生きており・・私が、自分自身に対して望む人生ではなく、{他人が私に望んでくる人生}を生きることになっており、そのことでストレスを溜め、「毎日も人生も楽しくない!」と愚痴を言っていました。
関連自分を大切にする方法(他人の意見と自分の意見)


私のように、他人の目を気にして生きている日本人も多いようです。

鎖国のような状態が長く続いてきた島国の国、日本では、村社会が長く続いてきたため、周りの他人と協調して、出すぎた真似をせずに生きていく必要がありました。なので、日本人はとても他人の目が気になってしまうようです。

一方、アメリカなどのキリスト文化の国では、他人の目より【神の目】を気にするそうです。

私は中学生の頃に、ホームステイでアメリカに行ったことがあるのですが、そのときのアメリカ人の、他人の目などをまったく気にしない、自由な雰囲気に驚いたことを覚えています。


日本人と生まれてきたからには、他人の目を気にしてしまうことは、しかたがないことなのでしょうか?

いいえ。そんなことはなさそうです。

お陰様でありがたいことに、現在の私は、以前よりも、他人の目が気にならなくなりました。
では、どうすれば、他人の目や他人からの評価より、自由になっていけるのでしょうか?


A他人からの評価を気にしない方法 〜他人の目が気になる〜
■他人からの目や評価を気にしなくなる方法は、様々な方法があるのでしょうが、その1つは・・

他人からの高い評価を諦めることなのかもしれません。

他人から
「良い人と思われていたい。」
「常識ある人と思われていたい。」
「誠実な人と思われていたい。」
「すごい人と思われていたい。」
「素敵な人と思われていたい。」
「仕事の出来る人と思われていたい。」
「異性から素敵な人と思われたい。」
「幸せな人生を生きていると思われていたい。」
など、他人から高い評価を得たい気持ちをもっている限り、他人の目からは自由になることが出来ないのかもしれません。


他人から高い評価を得たい気持ちがある限り、他人の目からは自由になれないのかもしれないのです。

言い換えると、他人から高い評価を受けていたい気持ちがある限り、一生、他人様の目や評価に縛られて生きていくことになるようです。

他人から
「良い人と思われていたい。」
「常識ある人と思われていたい。」
「誠実な人と思われていたい。」
「すごい人と思われていたい。」
「素敵な人と思われていたい。」
「仕事の出来る人と思われていたい。」
「幸せな人生を生きていると思われていたい。」
「異性から素敵な人と思われたい。」
などと思っている限り、私達は、【他人の目】という、見えないけれど強力で強烈な鎖に縛られて、窮屈な人生を歩むことになるのかもしれません。

私はずっと、他人から高い評価を得たい気持ちを、無意識のうちにもって生きていました。

しかし、私はダメな人間であり、上手く生きることが出来ない人間でしたから、どんなに頑張っても、良い人や常識ある人を演じても、他人から高い評価を得ることが出来ませんでした。

おまけに素の部分は、変わりものの変人でしたから、良い人や常識ある人を演じる人生に疲れきってしまったのです。

なので私は、
他人から、高い評価を得ることの出来ている人を諦めたのです。

私は、
・良い人
・常識ある人
・誠実な人
・すごい人
・素敵な人
・仕事の出来る人
・幸せな人生を生きている人
・異性から素敵な人と思われる人
などを諦めたのです。

当時の私は行き着くとこまで行き着き、「最低な人間でも良いやぁ〜。もう、疲れた・。。」といった感じでもありました。

そして、他人から高い評価を得ている人を諦めたら、自然と他人の目や評価が気にならなくなってきたのです。
他人の目や評価が気にならなくなってくると、生きていくのが非常に楽になります。・・・そういえば、私の婆様の晩年を思いだしました。

私の婆様は、晩年は道端でおもむろに脱ぎだし、オシッコをしていました。
私の婆様は元公立学校の教師であり、他人の目や評価を非常に気にする人でした。
しかし、痴呆もあり晩年は、他人からの評価が気にならなくなったのでしょう。
あんなに他人の目や世間体を重視して生きてきた人でも、他人から高い評価を受けることを諦めれば、道端でオシッコだって平気で出来るようになるのです。


私には、他人の目や評価を気にして生きていた頃の婆様より、道端でオシッコを平気でするようになってからの婆様の方が、いつも幸せそうで穏やかな表情をしていた記憶があります。


他人から高い評価を受ける立派な人生も素晴らしいですが、私は、そんな立派な人生より、そもそも、他人の目や評価そのものが気にならない人生を、これからも歩んでいきたいと思っています。他人からの高い評価を受けることを諦めて・・。

〜他人の目が気になる〜
<writer 名無き仙人>





バス男「他人からの高い評価を諦めれば、他人の目って気にならなくなるんだなぁ〜。」


バス子「他人からの高い評価をずっと維持し続けることって難しいわよね。人間は誰でもミスや過ちを犯してしまう生き物だから。」


仙人「誰だって、ミスや過ちをおかして、例えば・・・車で交通事故を起こしてしまい、他人様を傷つけてしまう可能性はあるのじゃよ。そうなると、故意ではなくとも、他人からの評価は下がるからの。そのようなリスクは、生きておる限り、常につきまとうのじゃよ。じゃから、過度・過剰なほどに他人からの高い評価を意識して生きていくのは、大変なのかもしれぬのぉ。常に、気を張り詰めておかねばならぬからのぉ。他人からの高い評価を諦めてしまえば、リラックスしてゆる〜く生きていけるのじゃが・・。」

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