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自分の考えがない人へ!周りに流さず自分の考えをもつ方法
■自分の考えがない人へ!周りに流さず自分の考えをもつ方法
他人の意見や常識よりも自分の考えを大切にする方法。
バス男「は〜、僕は自分の考えがなくて、すぐに周りに流されてしまうからなぁ。」
バス子「へ〜。バス男さんも、そうなんだ。私も、自分の考えに自信がもてなくて、周りに、すぐに流されちゃうのよね。」
バス男「う〜ん。仙人様に【自分の考えをもつ方法】を聞きにいってみようかなぁ。」
子「仙人の【自分の考えに自信がない人へ】かぁ・・」
〜自分の考えがない?自分の考えを大切にする方法〜
1.自分の意見と他人の意見
@常識を科学する
【自分の考えをもつ】ために、まず、‘常識’というものを科学してみたいと思います。
さて、そもそも常識とはなんなのでしょうか?
私は、「常識ある行動をとらないと。」「常識ある発言をしないと。」と、常識に捉われて生きていました。
私はもともと常識のない変わり者でしたが、中学生の頃から、だんだん大人になるにつれ、常識ある人間を演じるようになっていきます。
非常識な行動や言動をとると、周りから変な目で見られますし、自分もなんだか、恥の感情を抱いてしまうからです。
私は本当は非常識の人間だったのですが、自分に自信がないため、周りの人達や世の中に合わせ、常識ある人間を演じて、長いこと生きていました。
・他人の目が気になる人へ【人を信用するな】他人からの評価を気にしないコツ
しかし、よくよく‘常識’というものを考えてみると、常識とは他人様達の意見の集合体とも言えそうなのです。
例えば・・「大人になったら常識ある言動をしなければならない」という常識的な意見も、自分が生まれた瞬間から抱いていた自分自信のオリジナルな考えではなさそうです。
ですので「大人になったら常識ある言動をしなければならない」という意見は、自分のオリジナルな考えではなく、自分以外の、他の誰かが言い出した、他人の意見なのかもしれません。
つまり常識とは、「自分の考え・価値観」とは無関係である「他人様達の考え・意見」とも言えそうです。
ということは・・【常識ある人】とは、自分の考えがなく、他人達の意見や価値観に流されて生きている人でもあるのかもしれません。
常識のある人→自分の考えや生き方に自信がもてずに、多数派の意見に流されている人。
言い換えると自分の考えがない人は常識ある人という側面もあるのかもしれません・・
周りに流されず自分の考えをもつ方法は、常識を疑うことも含まれるのかもしれません。
世間一般的には、「常識ある人間は優れている」と評価され、「非常識な人間は駄目な大人だ」と言われる傾向にあるようです。
が、常識のある人というのは、他人達が作り出す集合的な考え・価値観に、ただ合わせているだけでもあり、自分自身のオリジナルな考えや価値観をもっていない・・とも、言える側面があるのかもしれません。
・いい人をやめなさい【他人の評価を気にしすぎ】都合のいい人になり利用される人になるよ
他人の目や世間体を気にし、日本というせま〜い小さな島国の常識的な考えや価値観に合わせて、流されて生きている常識ある人達は、日本の常識なんて知らない宇宙人から見ると、宇宙人に言わせると「なんだこの人間達は?自分の考えがない駄目な大人だな。」となるのかもしれません。
なんだかんだ言っても、日本と言う国は、いまだに村社会であり、{常識に捉われない自分自身のオリジナルな考え・意見・価値観}よりも、‘常識’の方が重視されるようです。
狭い村社会の中で生きていくには、周りの人達に合わせて生きていくほうが、生きていくのが楽なように思えるからでしょう。
狭い村社会の中で生きていくには、常識ある人生を歩むほうが、生きていくのが楽なように思えるからでしょう。
常識ある言動をとり、常識ある立派な大人として人生を生きていくもの素晴らしいことなのでしょう。
・人目を気にせず好きに生きていい時代の私の生き方【日本の横並び社会】崩壊後のグローバル時代の生き方とは?
ただ・・個人的には常識から自由になった人生は、生きていくのがおもしろい。そして楽。なようにも感じているのです。
私は、目で見ることができない‘常識という名の鎖’に縛られて、自由のない人生を生きていました。
私は、目で見ることができない‘常識という名の囲い’の中で、自分のオリジナルな考えをもてない人生を生きていました。
私は、目で見ることができない‘常識という名の脅し’に脅され、本当の自分の価値観を押し殺し、自分にとって大切なものを犠牲にしながら人生を生きていました。
私は‘常識という名の脅し’に脅され、人生は夢のとおり{自分にとっての幸せ}を軽視し、世間一般的に言われている‘幸せ’を求めさ迷い、フラフラ、フラフラしていたのでした。
しかし仙人/仙女修行などによって、‘常識’から少しづつ自由になっていきます・・。
A常識から自由になるには?〜自分の考えがない人へ〜
常識から自由になっていくと、他人の意見に自分の人生を振り回されることが少なくなるのかもしれません。
先日、本屋をブラっと訪れてみました。
とある仕事関係の本を開いてパラパラめくっていくと、そこに「○○こそ、最も大事!」と書かれていました。
そして、○○が大事な理由について、たくさんの意味づけが書かれているようでした。
その本はかなり売れている本のようで、本屋の中でも目立つ場所にたくさん置かれていました。
つまり、多くの方がその本を読んで「ほ〜。ふんふん。・・仕事においては○○が大事なんだな。○○もバカに出来ないんだな。」と思うのでしょう。
しかし・・
その「○○こそ、最も大事!」という本に書かれている意見・考えは、自分の考えではないし、ただの他人(著者)の意見・考えに、すぎないわけです。
ただ単に、1個人の他人の意見・考えなわけです。
ムキになって否定する必要はありませんが、そのような他人の意見を聞き入れなければならない義務も法律もなさそうです。
多くの方がその本を読みながら、「ほ〜。ふんふん。・・仕事においては○○が大事なんだな。○○もバカに出来ないんだな。」と思ったようでした。
もしかすると、知らず知らずのうちに、他人の意見に流されてしまっているのかもしれません。
ただ、それはある意味、常識ある反応とも言えそうです。
たくさん売れているベストセラー本で、尚且つ、有名な著者が「○○こそ、最も大事!」書いてあるわけです。
ですから、本を読んで納得するのはマジョリティーな反応、つまり常識ある反応なわけです。
しかし、個人的には○○なんてメンドウな仕事であって、そんな○○仕事なんて、そこまで重要視する必要があるのかな?とも、少し感じてしまいます。
「○○が大事」という考えの根本の根っこの部分には、「苦労することによる人間的成長が大事だ!」のような考えが潜んでいるのかもしれません。
そして、苦行は辞めなさい(苦行は誰のため?)にもあるように。
「苦労し苦しむことによる人間的成長は大切だ!」という常識的な考えを、私は疑っているのです。
常識ある人は、「○○も大事である」と考え、「苦労することで人間的成長を行うことは大切なことだ」と考えるのでしょう。
しかし、「○○も大事である」「苦労することで人間的成長を行うことは大切なことだ」という考えは、私達が考えついた、‘私’が発明した、‘私’オリジナルな考えなのでしょうか。
人生のある時期、大人になる過程のどこかで「○○も大事である」「苦労することで人間的成長を行うことは大切なことだ」という考えを聞き、それを鵜呑み的に取り入れただけ・・なのかもしれません。
私はいつも、「本当に○○は大切なのか?」や、「苦労による人間的成長は、本当に重要なことなのか?」などに関して、自分でキチンと検討や検証をせずに、そのような考えの裏づけや根拠も調べずに、そのような考えが発案された起源も調べずに、・・・
さらには、「常識的にはそうかもしれないけど、私1個人においても、そうなのか?」などを検討せずに、ただ鵜呑み的に取り入れることを、中学生以来、ずっと行っていたのでした。
そしてそのせいで、自分の人生が辛く苦しいものになっていっている部分も、あったようでした。
「他の人達にとってはどうだか知らないけれど・・・本当に○○は自分にとっても大切なのか?」や、「苦労することによる人間的成長は、本当に私にとっても重要なことなのか?」などを、自分でキチンと検討や検証をしてみても、良いのかもしれません。
世の中の常識に囚われすぎることなく・・・世の中の常識にお付き合いするのは、もう辞めて・・・
自分の本来の考えや価値観、モノの見方や捉え方を、そのまま素直に自分で自分のことを肯定してあげ、他人様達に合わせて生きていくのを辞め、自分のペースでのんびりと、心の中ではゆる〜い生き方をしていっても良いのかもしれません。
自分の非常識で一見、劣っていそうな自分の考えも、「これは非常識で劣っている考えだ」などと排除せず、そのままやさしく肯定してあげても良いのかもしれません。
一体、どれだけの価値があるのでしょうか?
自分の考えを犠牲にして、他人達の意見の集まりである常識に合わせて生きていくことに・・。
他人の意見と自分の意見、どっちの方が大切なのでしょうか?
他人は私の人生の責任をとりませんし、とれません。
私の人生を最後まで一緒に生き、人生の責任を最後まで一緒に背負ってくれるのは、私だけです。
他人の意見と自分の意見、どっちの方が大切なのでしょうか?
一体、どれだけの価値があるのでしょうか?
自分の考えを犠牲にして、他人達の意見の集まりである常識に合わせて生きていくことに・・。
・就職し結婚して子供を作るのが立派な大人?【世間体を気にしないコツ】を仙人が解説
〜追伸〜
この記事は、「常識に流され、常識に囚われすぎていたことで、自分の人生が辛くなっていた」という過去の苦い経験や反発心から、過剰に常識を否定するような書き方となってしまいました。申し訳ございませんでした。
他人は「大切な仲間」であり、大切な仲間である他人達の意見・・つまり常識を尊重しつつも、無理してまで常識にはお付き合いすることなく、というスタンスも良いのかもしれません。
〜追伸2〜
時代は移り変わっていますよね。
現代社会では、自分で考えて行動しないと、「あれ?結婚適齢期になれば、自然と結婚できるハズじゃなかったの?」と婚活に苦労したり、「勉強して大学に行って就職すれば、人生、安泰じゃなかったの?」と仕事や、お金で苦労したり・・
このまま行けば「え?年金貰えるハズじゃなかったの?」とか、なっていくかもしれません。
・時代の変化が早い!対処法【正解のない時代の生き方のコツ】「生き方の期待値」考え方を仙人が解説
なんとなく常識に従って生きていれば周りから叩かれなくて済むし、人生の責任とらなくて良さそうに感じるけど・・
周りに流されて、なんとなく生きた結果、「辛い」とか「苦しい」とか「こんなハズじゃなかった」とかの感情を感じることになるのは、自分だよね。それからは逃れられないよ。
自分の考えをもって、自発的に動いていく必要がある時代になっているようです。
「みんな、この船に乗っているけど、この船、危なくない?」とか「みんなが、こっちの道に行っているけど、こっちはヤバくない?」とか「常識的には、コッチだけど、私としては、アッチに幸せを感じるのよね。」などと感じるならば、自分の考えをもって、行動し生きていくのも良いのかもしれませんね。
・突然の失業に備える私の方法!コツは2つ【ダム経営/景気循環】だよ
今後の世の中を考えた時に、収入源を増やしておくことは大切だと感じています。
常識的に言えば、勤め先の会社の仕事だけをしておけば良いのでしょうが、変化の激しいグローバル社会では、勤め先の会社が、自分の定年年齢まで存続しているか?が、怪しいですものね。
収入源を増やす方法については、
@副業で月3万円稼ぐ私の方法2つ!随時更新(月3〜5万円の副収入を稼ぐには?)
A月1〜2万円の副収入を手堅く投資で稼ぐ私の方法(副収入を稼ぐには?)
の記事が詳しいです。
<writer 名無き仙人>
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バス男「やっぱり僕は、常識に囚われすぎなのかなぁ。」
バス子「バス男さんは、その心配はないと思うわよ。」
仙人「周りや常識に流されて皆と同じような人生を生きていき、それで人生に満足できぬでも、「こんな人生になったのは自分の責任」とは思いづらいのかもしれぬのぉ。自分ではっきりと選択したわけではないから、その分、「こんな人生になったのは自分の責任」とは思いづらいのかもしれぬのぉ。しかし、自分の考えや価値観を、他人の意見や他人の意見の集合体である常識よりも大切にしてあげて、それで生きていった方が、人生がおもしろくなるのかもしれぬのぉ。」
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